温室のように蒸し暑い外から帰った途端、電話が鳴る。汗だくで受話器を取ると、デイサービスからだった。まぁ、たいがいがこの場合、いい話ではないわな。
「お嬢様(コレ、私のことである。笑っちまうぜ!)のお耳に入れるのは、なるたけ止めようと思っていたんですけど……」と、先方は何やら言い淀む様子。
「実はお父様が、送迎バスの中で隣に座った女性の胸や太腿を触るので困るという声がありまして……」と来た。
思わずカッとし、またもや汗が吹き出すが、「やるやんけ」と思ったのも事実。「うはははは、やりますなぁ」といっそ豪快に笑い飛ばしたい気持ちを抑え、脂汗と冷汗をミックスさせながら「もう、本当に申し訳ございません」と何度も平身低頭で謝りまくる。
以前、親父が勝手に“退部届け”を出したお勉強&運動系がメインのデイサービスは、どうせ行っても寝てるだけだからということでケアマネと相談の上で結局辞めてしまい、今は何くれとなくちやほやしてくれるデイサービスだけに行っているのだが、どうやらもう一カ所のほうへ行かなくなってからこういう症状が出ているらしい。やっぱり人間は、何らかの軽いストレスがかかってないとダメな動物なんだな。所詮、集団で暮らすサルと同じ。一匹狼では生きることが出来ないのであろう。
「スタッフの皆様がお優しいので、父がつけあがるのではございませんか? もっと手厳しくおっしゃっていただいて構いませんのに」とやんわり返すが、先方は「いえいえ、そんなことは」という調子で、「コチラでも対処いたしますので、できましたらお嬢様のほうからも“触らないように”とおっしゃっていただけないでしょうか?」とのご所望だ。
しかしその由ズバリ言ってみるも、予想通りに何処吹く風という親父である。とりあえず、「送迎バスで、おバアさんに触らないこと!」という貼紙をいつものように、何カ所かに貼りまくる。
だが今回の場合、これだけでは済まないと思い、いろいろ策を巡らす。やはり一番の問題は、親父が何の根拠もなく自分を“イケメン”と信じて疑わないことであろう。そこで全身が映るサイズの鏡をネットで安く購入し、玄関に設置した。リアルな自分の姿を目にすれば、少しは意識が変わるのではないかという希望を込めての処置だが、果たして功を奏することは出来るんだろうか?